00の世界を借りて、いろいろ書き散らしています
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ビリスメ過去捏造SSアップです。
いろいろありえませんが、管理人は書いててとっても楽しかったです。
ビバ少女漫画!!
ありふれたこいのはなし
ありふれたこいのはなし
彼とはじめて出会ったのは、初冬のNYを寒波が覆った吹雪の朝だった。
国際関係学部の研究棟へ向かうため、一大決心して中央棟の外に走り出した私のうしろから、「ちょっと、そこの君、ちょっと待って!」と叫ぶ声。
振り向くと、吹雪の中白衣の若い男が駆けてくる。風に舞う雪と私の髪が邪魔をしてあまりよく顔は見えないけど、背の高い人だと思った。息も乱さないで追いつくなり「君足が速いね」と言う。
ぶわ!と私の背後から強烈な突風が吹いて、彼の顔を直撃する。「わわ!」彼は慌てて眼鏡を押さえたけど、顔中がゆきだるまみたいに雪で真っ白になった。
あっけにとられた私に、眼鏡の雪を手ではらい落としながら「はい」と手に持った物を差し出す。
手袋。
彼が拾ってくれたのだろう。サーモンピンクのそれを、ありがとう、と言って受け取った。
「手編みだね、それ」
え、というまもなく、彼は吹雪の中を中央棟に向かって駆け戻っていく。ひゅー、寒い寒いというぼやきが風に乗って聞こえてきた。
いまのひと、Tシャツの上に白衣を着てただけじゃなかった?この吹雪の中を。
へんなひと。
次に彼と会ったのは、エイフマン教授の教授就任30周年記念講演会の、各学部から卒業後の人脈作り目当てで立候補した、学生実行委員の初回打ち合わせのときだった、らしい。
らしい、というのは、そのとき教授の助手として挨拶にきた彼が、あのときのひとと同一人物だとは分からなかったから。
あのエイフマン教授の懐刀と誉れも高い新進気鋭の科学者、長身で長髪の落ち着いたハンサムが、そそっかしいゆきだるまと一致すると思う?
はじめまして、と言うと変な顔をされたから、顔はいいけど失礼なひとと思った。
それが「ゆきだるまのひと」だと分かったのは、春が近いというのに吹雪いた夜のこと。
講演を間近に控えて作業は大詰めで、私は代表として事務所に深夜まで一人残り、全体の構成やら人員の配置なんかをチェックしていた。突然ドアが開いて、雪まみれになった彼が駆け込んできて、
「ひゅー、寒い寒い」
「あ」その言葉に記憶を刺激された。
「あれクジョウさん。残ってたの、熱心だね」と頭の雪を払いながら、彼がこちらを見る。温度差で眼鏡が真っ白にくもったその姿に、私の記憶がよみがえった。
「ゆきだるまのひと」
「え?」
「もしかして、前に手袋拾ってくれました?」
とたん、「ぶぶっ」といきおいよく彼が吹き出した。そのままおなかを抱えてひいひい笑い転げる彼に憮然とすると、「なにそのゆきだるまって。しかも、今まで全然わかってなかったし」とまた笑い転げる。
「だってまさかあれがカタギリさんだと思わなかったから。イメージ全然違うし。もう、コーヒー入れてあげる間に、その笑い収めてくださいよね」
と席を立つ私に
「ビリーでいいよ。それよりあの手袋は、君のお手製だよね?」
とカバンからドーナツの袋を取り出しながら彼は言った。私はそうよと返した。
ひそかに手芸は私の趣味だ。私の性格とこの容姿と(「男好きする」と言われ傷ついたことは一度や二度じゃない)、自分で言うのも何だけど大学一の才媛、将来はユニオン中枢部か軍部、もしくは世界的大企業でトップに上り詰めるだろう、と噂される私には、大人びたできる女というイメージがつきまとっていた。ファッションもかわいいものは似合わないしね。だから、編み物なんて女の子じみた趣味があるとは誰も思わない。
でも彼は最初からなぜか私が編んだと分かっていたみたい。不思議に思って理由を聞いても、最後までただ笑って答えてはくれなかったけれど。
誰も気づかないひそかな私にちゃんと気づいてくれたひと。
彼が特別なひとになるのも、時間の問題だった。
大学院の後半約2年を、私たちは恋人同士として過ごした。
2年間の恋人生活には、オツキアイをする男女が通るさまざまなことがあった。まあ、その、イロイロとね。
その年になるまで容姿コンプレックス(しつこいけどその当時は本当に嫌だったんだから!)のせいでボーイフレンドの一人もいなかった私は、当然初めてで。臆病になる私を、彼は根気強く待ってくれた。
いま思えば、悪いことしたと思う。反省してます。
まあ、ちゃんと男女の仲にはなったわよ。
彼と居るときは自然でいられて、呼吸が楽にできた。
彼を通じて、それまでとは違う自分を発見できたり、今まで知っていた自分への認識を深めたり。
それから、交際するって、いいことも悪いことも、互いの感情が音叉(おんさ)の様に深く共鳴しあうものなんだってことも知った。
良い時間だったと思う。
お互い忙しかったけど、それと恋のバランスをうまく取っていた。最初の一年間はね。
私たちが別れたのは、大学院の修了と同時だった。
大学院が最終学年に入ると、もともと忙しかった生活すべてが論文漬けになる。彼も、教授と軍部との共同プロジェクトが発足して、忙しかった。
忙しいは言い訳、なんて言うひともいるけど、正直連絡取り合って甘い時間を過ごすことなんて不可能。二人とも、同棲はしない主義だったからなおのことすれちがった。メールチェックすらできないハードな日々。なんとか返事を返せるのが一週間後、なんてお互い当たり前になってしまった。
偶然カフェテリアで顔を合わせたときなんかに、近況を交換しあうくらいで。
目の下にクマをつくって、昼食を食べながら船をこぐひとに、会わないスケジュールを無理矢理合わせる努力をさせるのは、はばかられた。
遠慮しているうちに、どんどん疎遠になってしまって。
最後に会ったのは、ようやく論文を提出した次の日の夜だった。その前に会ったときから3ヶ月も経っていた。ひどい話だわ。
でももっとひどかったのは、私がユニオン最大の民間軍事会社の研究員として、アラスカに赴任することが決まっていたこと、彼がこれから最低3年間、モビルスーツ開発プロジェクトのため、ロッキー山脈の地下2キロメートルの穴蔵で缶詰になることを、私がそれまで知らされていなかったこと、それから・・・。
・・・それから、そんなことを聞かされても、私のこころがちっとも反応しなくなっていたことだった。
そりゃ、地球の裏側で離ればなれになってもがんばっているカップルは山のようにいるわ。でも一年間、近くにいながらすれちがいにすれちがいを重ねて、今度は遠いところで3年も会えなかったら?
触れあえないことと恋が冷めていく速度は、互いの物理的な距離に関係なく比例するんじゃないか、と思う。
お互い新しい環境に向けて目が外を向く時期に、今まで以上に肩も寄せ合えないなんて、それでいつまでもつながっていられると思うほど、私は楽天家でも激情家でもなくて。
とにかくもう笑っちゃうくらい結果が見えすぎていて、フェイドアウトするくらいなら、と私たちはいい友人に戻った。あっさりしたものだった。
2年後「あの事件」が起きて。
ロッキーの地下まで伝わるほどのニュースに、彼は無理矢理連絡をくれたのだけれど、とても返事はできなくて、私は姿を消して。
それが最後。
その後すぐソレスタル・ビーイングにスカウトされて現在に至っている。
悪魔の片棒を担いだ人間の女が天上人を率いているんだから、皮肉な話よね。
そしてそれがたとえヴェーダの計算通りだとしても、私はやり遂げるしかない。
そこが私の居場所なんだから。
何年かぶりに会った彼は少しも変わっていなかった。そそっかしいのも相変わらず。
彼はユニオンの対ガンダム調査隊に所属していると言った。
昔から、モビルスーツのことになると夢中で、ほんとうに子供みたい。話をする顔があの頃と変わらなくて、かわいい。
でも、ね。
そんな簡単に大事なこと話すものじゃないわ。私は、今はあなたののど笛を掻き切る刃を持つ存在なのだから。
彼は慎重に私との距離を測る。
手を私のそれに重ね
「こうしてまた会えてうれしいよ」
と、私の手の甲についと中指を滑らせる。
それはあの頃の、私たちだけの合図。
「うん」
つい甘えた声が出た。
私は手を返して彼と指をからめ、ゆっくりと中指を滑らせた。
end
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