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00の世界を借りて、いろいろ書き散らしています
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 ちまたでは2期の話題で盛り上がっていますね!CM感動しました!
 あと3ヶ月。楽しみです!!。

 

 久しぶりに小説アップです。
 こんなこともあるかな?というエピソード。
 相変わらず萌え無し。
 あえて淡々と書いてみたんですけど、どうでしょう(^^;)。
 
 


 沙慈と刹那
 
 
 instant

 



 instant



 エレベーターを降りると、隣室の玄関前に久しく見なかった背中をみとめて、沙慈は棒立ちになった。
 自分より小柄で、同い年だと聞くわりには幼く見えるその風貌、クセのある黒髪、中近東風の顔立ち。独特の衣服。
「刹那君!」
 思わず呼びかけて駆け寄り、顔をのぞき込む。
「沙慈・クロスロード……」
「ひ、久しぶり……。ずいぶん、見なかったね」
「ああ」
「……」
 続く言葉を見つけられず、沙慈はただ、目の前の隣人を見つめた。
 相変わらず無愛想で何を考えているのかわからない。いつだったか町で偶然出会い言葉を交わした後、姉から彼の素性を聞かれたことが蘇った。
 ――出身も、ご家族も、何をしているかもわからないの!?
 ――まったくのんきなんだから。
 ――この世で頼れるのは私たち二人きりなんだから、もう少し用心しないと。
 心配顔の姉の剣幕を、彼は大丈夫だよと軽くなだめたのは、もう過去のことだ。
 用件はないと判断したのか、きびすをかえして部屋に入ろうとする刹那を、沙慈は慌てて引き留めた。
「あのっ、刹那君、よかったら夕ご飯、一緒に食べないかな」
と左手でコンビニの袋を捧げ持った。カップラーメンが数個とコーラの缶だけが、レジ袋を透かして見える。袋に目をやった刹那が物問いたげに視線を寄越すので、つい言い訳がましくなった。
「い、今一人だからさ。作る気になれなくて、こんなものばっかり……。これしかないけど、よかったら、一緒に……」
 どんどん語尾が沈んでしまいうつむいた。つい勢いで声を掛けたけれど、こんなものでは彼は喜ばないだろう。僕は一体何をして……。
 つむじにささる視線を感じながら、ああ、あきれられてしまったかなとぼんやりと考えた。
「お前の家でいいのか」
 え、と顔を上げると刹那がクロスロード家の玄関前に移動していた。反射的に「も、もちろん」と答えて、急いで鍵を取り出す。壁の指紋認証キーを叩いてから解錠し、扉をささえて先に刹那を招き入れた。
 たたきで靴を脱ぐ刹那を慌てて追い越し窓を開く。外気が入り、よどんでいた空気が揺れたのを感じながらソファの上に散らばった雑誌類などをかき集めていると、「どうした」とリビングへと刹那が移動しながら問いかけてきた。
「どうした、って……。散らかっているからさ、片付けるよ。その辺適当に座って……」
「そうじゃない。何があった」
「え」
「生活が荒れてる」
 部屋を見回してつぶやく刹那に、沙慈は改めて自室を見回した。久しぶりに窓を開けたせいでほこりが立ち西日に踊っている。床には衣服が散らばり、ダイニングテーブルには雑誌や新聞や資料が乱雑に積まれ食事するスペースもない。ソファやリビングテーブルも似たようなものだった。キッチンはしばらく磨いていないため水垢がつき、シンクには食器が積み重なったまま。反射的にディスポーザーに放り込むおかげでゴミが散らばっていないことだけが救いか。
 何よりも、空気が冷え冷えとしている。
 確か刹那が最後にここを訪れたのは半年ほど前。ルイスの母親がスペインに帰ってしまい、傷心の彼女に少しでも慰めになればと思い、刹那にも同席してもらったときだった。
 あのときは、と沙慈は思う。
 あのときここはこんな部屋ではなかった。あるべき物がきちんとあるべき場所に収められ、掃除の行き届いていた家。幼い頃から、生活を大切にするようにとしつけられてきたクロスロード姉弟が、両親の遺産で購入したこのマンションを、家族をいたわるように大切に手入れしてきた暖かさと清潔感があった。
 あの日があまりにも遠くなってしまったことを突きつけられて、沙慈はめまいがする思いだった。足がふらついて思わず座り込む。その勢いでソファの上に投げ出してあった本がばさりと床に落ちたが拾う気が起きない。来客の前だというのに自分を保てない。両手に顔を埋めて、大きなため息をついた。
「体調が悪いのか」
「ごめんね、……何でもないよ。ちょっと最近、忙しくて。今、用意するから……」
 沙慈は顔を埋めたままかぶりを振った。最近すっかり気持ちが弱くなっている。今口を開いたら、ゆるんだ涙腺からみっともなく涙がこぼれ落ちそうで顔を上げられなかった。 ルイスを失い、姉も殺されてひっそりと葬儀を済ませたあと、誰ともまともな会話をしなくなって久しい。学校へ行く気力も失って、ただ寝て起きているだけの日々が続いている。久しぶりに人と接して、感情が高ぶっているのかも知れない。人恋しさから刹那を衝動的に呼び止めたものの、冷静に彼をもてなすことができそうになかった。
(何をしているんだ……僕は)
 ぎりり、と沙慈は歯をくいしばった。


「……」
 刹那がゆっくりと跪くと、床に落ちた本を拾い上げた。
 "History of space development(宇宙開発史)"
 副題は"~スプートニクから軌道エレベーター、そしてコロニーへ~"
 それは沙慈の学校のテキストだった。タイトルの下に、地球を背景にユニオンの軌道エレベーター『タワー』の高軌道部の写真。しばし表紙を見つめた後、刹那の手がテキストを開く。
 しばらくの間、ぱらりぱらりと静かにページをめくる音だけが部屋に響いた。
 それから、そっと移動する足音。
 ああ、帰ってしまうのかとため息をついたとき、再び傍らに移動してきた気配を沙慈は感じた。顔を上げると、刹那がリビングテーブル上の物をまとめている。それらを床に置き、いつの間に用意してきたのか、かたく絞ったふきんでテーブルを拭き始める。
 全体を縦にざっと拭き上げたあと、ほこりに汚れた布巾に顔をしかめる。清潔な面を表に返し、今度は横にまんべんなく平行に移動させながらテーブル全体を丁寧に拭き、更に四角く縁取るように拭く。
 最後にもう一枚の布巾でからぶきをし、2枚ともたたんでテーブルの隅に置いた。以前刹那が訪れたとき、沙慈がしていた通りのやりかただった。
「刹那君……」
 呆然としている沙慈を尻目に、刹那は無駄のない動きで台所へと移動する。夢を見ているような気分でソファに腰掛けていた沙慈の前に再び刹那が現れたとき、その両手には熱湯を注いだカップラーメンがあった。
 沙慈の前にしょうゆ味のそれと箸を置き、自分はシーフード味をキープしてフォークを持ち、テーブルの角を挟んだ位置に刹那は腰掛ける。
「あ、ありがとう……」
「あと2分ある」
「うん……」
 刹那の行動に面食らったおかげで、目頭の熱さは飛んでしまった。
 ぶっきらぼうを絵に描いたような隣人は残り2分を無言で待つつもりらしく、しかつめらしい顔をしてふたを見つめている。あるいはそれは会話を制するためのポーズなのかもしれないが、あいにくと沙慈はこの沈黙に耐えられる性質(たち)ではなかった。
「あのさ……前から聞きたいと思っていたんだけど、刹那君てどこの国の人なの」
 他意のない、間を持たせるための質問だ。
「聞いてどうする」
「どうするって、別に……」
 質問で返され、回答拒否されたと思った。一瞬呆然として、それから無表情に見返す刹那を見て、急に腹の底から怒りと同時に悲しさがこみ上げた。
 だってそうだろう。いつも一方的にこちらから話しかけ、努力して会話を続けなければ、刹那の方からはろくな単語も出てこないのだ。自分ばかりが声をかけて気に掛けて。ばかみたいだ。
(いいじゃないか。君のことをきいても。僕のことを、きいてくれても)
 刹那にとって、沙慈はただのうるさい隣人、その場限りの相手なのだろう。でも沙慈にとって刹那の位置はそうではないことを分かって欲しかった。少なくとも友達でありたい――なりたい、と望んでいることくらいは。
 今、沙慈はとてつもなく孤独な気持ちだった。自分を特別に思ってくれる人は誰もいなくなった。両親は失って既に思い出の中。優しい姉は殺され、淡い恋心を抱いた少女とも遠く離れた。
 何故と問い詰めようにも復讐しようにも、仇はもう宇宙の塵となりこの世に存在しない。行き場のないむなしさばかりが募り、学校に行く気力もわかない。
「いいじゃないか……」
 ささやかな会話くらい望んだって。優しくしてくれたって――。
「し、知りたいと思ったらだめなのかな。僕は君のこと何にも知らない。君にとって僕はただの……隣人かもしれないけど、僕は……友達だって、思……」
 荒々しい感情が吹き出そうになり唇をかみしめる。沙慈・クロスロードは、どんなときでも感情にまかせて人を傷つけることを良しとしない少年だった。だがこれ以上口を開いたら爆発してしまいそうで、精一杯の意志で口を閉じる。刹那の顔は見なかった。
「……お前だって答えない」 
「え」
「2分たった」
 刹那はぺりぺりとふたをはがし、フォークで麺をかき混ぜる。熱いのか一瞬顔をしかめながら息をふきかけ食べるその姿を、沙慈はぼんやりと見つめた。
「食べろ」
 刹那が沙慈の目を見やる。
「食べて充分な睡眠を取れ」
 真剣な調子でそれだけ言い、また淡々と食べ続ける。
 どう反応していいのか分からず、沙慈はまたうつむいた。
 どうやら自分は誰かに甘えたかったらしい。けれど……と、思わず自嘲笑いがもれた。
(刹那君はそういうタイプじゃないんだよな。結局本当に夕飯を食べにきただけで、都合よく僕の話を聞いてくれるわけでも、慰めてくれるわけでもないんだ。だいたい『お前だって答えない』って何の事だよ。僕は何も聞かれてないし、一体何に答えていないって……)
 情けない気分で手元のカップラーメンを手に取ろうとして、その熱にふと手をとめた。
 ふたには仮留めのシールが貼られ、へりのめくれた部分からは湯気が立ち上っている。カップの横には箸が一膳、きちんとそろえて置かれていた。
 熱湯の注がれたカップラーメン、沙慈のために用意された箸。綺麗に拭き上げられたテーブル、隅にたたまれてある布巾、床によけられた本。テキストを拾ってくれた手。
 無言の刹那。
 穴の開くほどそれらを何度も見返してみる。
 何だろう。今何かが見えた気がした。見過ごしてはならないとても大切なものを、今自分は見ている。
 今日はどんな話をした?
 刹那の言葉を必死に反芻してみる。部屋に入ってきた彼は、部屋を見回してなんと言った?ソファに崩れてしまった沙慈にかけてくれた言葉は。今の話は。
「――あ!」
 ようやく記憶を蘇らせた沙慈が、思わず手を止めて呆然としてしまったのは、仕方がない。
 だって刹那に気遣ってもらえるなんて思ってもみなかったのだから。


 視線に気付いた刹那が眉を寄せる。
「食べないなら、そっちももらうぞ」
「だ、ダメだよ!」
 慌てて「いただきます」と手を合わせ目の前のカップをつかみ、ふたをとる。
 その様子を見届けて、刹那もまた食事を再開した。
 しょうゆ味のスープを飲みながら「僕、本当はシーフードがよかったな」と言えば、「俺もシーフードがいい」と涼しい顔をして返される。
「もともとは僕のじゃないか」
「作った者勝ちだ」
「せめて話し合いじゃないかな」
「無駄な時間だ」
「うわ、俺様」
「……」
「飲み物持ってこようか。刹那君、コーラでいい?」
「ミルク」
「……それは買い置きがないよ」
「じゃあ水でいい」
 たわいのない会話をしているうちにカップラーメンは瞬く間に空になってしまう。物足りなかったが冷蔵庫が空だったので、かろうじて家にある菓子を持ちだした。すかさず「栄養が取れない」と言われ、思わず笑顔になる。
「うん、分かってるよ。ちゃんと明日買いに行く」
「ああ、それがいい」
 

 菓子を二人でつまみながら、沙慈はぽつりぽつりと自分の事を話した。
 両親は早くに亡くなっていること、このマンションはその遺産で買ったこと、宇宙で仕事をするのが夢であること。
 最初の質問の答え――ルイスの事と姉の死、その理由――を簡単に告げると、刹那は唇を引き結び痛そうに眉を寄せた。
 沙慈の一方的なとりとめのない話を、刹那はただ静かに聞いた。
 話の合間、ためらいがちに出身を問うと「クルジス」とだけ答えが帰った。クルジスってどこだっけときょとんとしている沙慈にそれ以上の説明はなかった。沙慈はそれでいいと思った。答えてくれただけで充分だった。
 穏やかな時間が、静かに過ぎていく。


「邪魔したな」
 夜も更けて刹那が腰を上げた。どうせお互い一人暮らしなんだから泊まっていかないかとひきとめたが、
「俺は、帰る」
 首を振る刹那の様子に、単に家のことではなさそうなニュアンスを感じる。「どこに?クルジスに?」と問うと刹那は苦笑し、ダイニングテーブルを指さした。
「あそこに」
「え」と思わずテーブルを振り返ると、背後で扉の閉まる気配がする。
 閉まる直前に刹那の声が聞こえた。
「元気で」


(相変わらず、そっけないなあ)
 頭を掻きながらリビングに戻る。
(あそこに……帰る?)
 テーブルの上に?
 首をかしげて、ダイニングテーブルに乱雑に積み上がっている新聞や雑誌を見分する。『ソレスタルビーイング、壊滅の軌跡』『24世紀の悪魔』『Fallen Angels~史上最大のテロリスト掃討作戦~』など、ソレスタルビーイング憎さのあまりに集めた資料が積み重なっている。
「あ……」
 山の上に置かれていた一冊に気がつき、それを手に取った。
 軌道エレベーターの向こうに、青い地球と宇宙が広がっていた。




 沙慈は再び学校に通い始めた。
 お隣は、いつの間にか空室になっていた。

















 To : ルイス・ハレヴィ
 Sub :
 Text : ルイス。
  久しぶりにメールを出します。
  君から返事がこなくなって、もう、2年が経ちました。
  でも、どうしても伝えたいことがあったから。
  僕、今年から宇宙で働くことになったんだ。
  悲しいことがたくさんあったけど。でも、小さな夢を、ひとつだけ叶えたよ。
  だから、もうひとつの夢を叶えさせて欲しい。
  待ってるよ、ルイス。
  宇宙(そら)で待ってるから。


「おい、そろそろ交代だぞ」
「はい。すみません、今行きます」
 端末を閉じながら、沙慈は心の中で付け加える。
(それから、君のことも――)
 ステーションに立つ沙慈の眼下には、青い地球がある。 
 振り仰ぐと、青い粒子が宇宙を走るのが見えた。


 彼らの再会は、また別の物語。



 end

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